2020年09月13日
痛みを「分有」するということ
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当院は日々、痛みを抱え「苦悩する多くの人々」に対峙している。
「苦悩する多くの人々」には、痛みを抱える当事者はもちろん、家族をはじめとする周縁者が含まれる。
夜も眠れず、薬も全く効かない、一瞬たりとも痛みから自由になる方法が無く、「いつかは解放される」という希望が持てず、どこにも出口が見えない状況。
一縷の望みでもあればすがりたい、でもそれすらもない時、「この痛みから逃れられる方法が死であるならそれでも構わない」とまで思い詰める。
そんな出口を求めてもがき苦しむ中で、家族にも辛く当たってしまい、関係が悪化してしまうことも少なくない。
痛みの経験は、本質的に個人的なもので、ある人の痛みを他の誰かが全く同じ様に味わうことはできない。
どんなに言葉を費やしたとしても、その身体の外に取り出して見ることもできない。
痛みは、他人と共有できない、私だけのものである。
即ち、痛みには孤独感がある。
自分だけがこの痛みを抱える孤独感は、「どうせお前にはこの痛みは分かんないだよ」という自暴自棄を呼び寄せる。
「分かって欲しい」という思いがあればあるほど、「分からない」を突きつけられ、本人も周りも一層苦しむことになる。
この負のループを解きほどくには、自分を変えるしかない。
それは、思い通りにならない痛みと自分の身体との距離感を変えていくこと。
その変化が生じるにつれ、痛みの感じ方も変わってくる。
痛くなくなったわけではない。病そのものが回復しているわけではない以上、生理的な症状そのものも減っていない。
けれどもその「意味」を変えることによって「鈍感」になる。
症状自体は変わらないのだが、自分が変わることにより、痛みを感じなくなる。
これを機に、自分や自分の置かれた環境を振り返るうちに、痛みを抱えているのは本人だけではなかった、ということに気がつく。
家族に目を向けてみると、そこにも大きな変化があるものである。
これは、すでに家族なりに痛みを感じ、それに対処しようとしていることの表れではないのか。
家族の中で、何か変化があったことで、みんなそれぞれ痛みを抱えながらも自分なりに進もうとしているのをまざまざと感じた時から、「なぜ、自分だけ」という負の感情が消失の向かう。
「私の痛み」から「私たちの痛み」へ。
しかし注意すべきなのは、これが痛みの「共有」ではなく「分有」だということだろう。
分有の思想とは、
家族は決して、当事者の痛みを自分のこととして理解したわけではない。
「家族の痛み」ではなく「一人一人の痛み」が結びついて「家族」を形成している状態であり、家族に起こった病という出来事を、一人一人が個々の仕方で分有する。
痛みが自分のものでしか有り得ないということを認めつつ、同時に自分のという人称から解放された視点に痛みという出来事を置き直す。
こうした私が私の身体を引き受けることができるのは、それがコミュニティの連鎖の中にあるからであるという感覚を病気に関して持てることこそが、痛みに対する「鈍感」さにつながる。
この認識の変化が起こったのも、家族の良い関わりがあるからこそであり、その良さとは、過度に「献身的」でないこと!
夜中に激しい痛みから不眠を訴え、たとえ暴れようとも大した言葉をかけるでなく、熱心にマッサージをするわけでもない。かといって突っぱねているわけでもない。病気のことで当事者を責めたり、説教することもない。
家族がそんな「献身」でもない「突っぱね」でもない関わりをすることにより、当事者に「自分に問われる」感じが差し迫る。
もし当事者の爆発に同じ力で返していたら、当事者は「自分の」痛みに囚われてしまっていたに違いない。
けれども、家族がどこか他人事で「暖簾に腕押し」の反応であったがために、当事者は自分と向き合えることになった。
こうした家族の「諦めの後押し」が、当事者に「自分に問われる、真剣に身体に向き合える」という状況をもたらし、自分の身体を取り戻すきっかけになる。
「身体に向き合う」とは、要するに、過去の身体を生きるのではなく、今の身体を生きるということ。前の状態を取り戻すことにのみに意識を向けるのではなく、今の身体を受け入れろという感じ。つまり、諦めることによって救済されるのである。
逆説的に言えば、自分の身体に起こる出来事を良い意味で他人事にしていき、「これは自分ではない」と否認する関係から、自分の身体に起こることを「他人事のように面白がる」関係にもっていく!
ただし、こうやってもたらされた痛みに対する鈍感さは、身体を騙すことにつながってはいけない。我慢するのではなく、辛い時はそれをありのまま受け入れ、潔く身を処す。それができる環境が確保されていることが何よりも肝要である。
その環境とは、痛みを「共有」するのではなく「分有」する家族に他ならない。
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