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2022年05月31日

悲しみの秘儀

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こんにちは、兵庫県伊丹市の西田鍼灸療院です。伊丹市内を中心に尼崎市・豊中市を中心とする阪神・北摂地区の患者様のお身体の悩みを「根本改善」に導く「根本治療」の鍼灸を提供しております。



 

訳あって『悲しみの秘儀』若松英輔(文春文庫)を読み返した。

 

私事で恐縮だが、昨年末より病気療養中の実父が、本日ホスピスに転院した。

ご存知の通りホスピスは、死の転帰を前提とした緩和ケア専門の病院。

迫り来る父の死という『悲しみの秘儀』に想いを馳せ、手に取った次第。

 

詩人であり批評家の若松英輔は『悲しみの秘儀』で、理性を失いかねない痛烈な悲しみを、その慟哭を、堪えるように古今の名著と向き合った。

 

社会人の門を潜った若松は、入社7年目で最優秀営業マンとして表彰され、30歳の時に新会社の社長に抜擢される。

しかし、当時を振り返った詩人は、12年間の会社勤めで最も重要だったのは昇格ではなく降級だったと述べている。

いくつもの大きな失敗を重ねて職務を解かれ、周囲の信頼を失った。

何もかも無くした若松英輔が、その時手にしていたのは、脇明子が訳したチャールズ・ディケンズの『クリスマス・キャロル』だった。クリスマスキャロルは、金の亡者だった主人公がクリスマスを機に内なる善に目覚め、新しく生まれ変わる物語だ。

若松は本の声に耳を澄まし、自分の人生を重ね合わせて古典を読むことで、はじめてわかることがあると当時を回想する

“古典と呼ばれる書物はじつに不思議な存在である。いつも、多くの人に向かって書かれているのと同時に、個々の読者に送られた手紙のようでもある”

詩人が受け取った手紙は、神谷美恵子の『こころの旅』であり、原民喜の『小説集  夏の花』だった。池田晶子からは『あたりまえなことばかり』が届き、鈴木大拙が訳した『禅の第一義』に出会い、『岡倉天心全集』が本棚に並んだ。

読み続けた人の、磨き抜かれた人生の本棚を覗くことができるのは読書する人の特権でもある。

本は一冊で読み終わるものではなく、読み続けていくことで結び付き、読者が完成させるのだということを若松は教えてくれる。

若松が『悲しみの秘儀』で読者に呼び掛けたのは、自身の深い喪失の体験だ。

この本を読んで気づかされたのは、私たちが本を開いて読んでいるのは、実はそこに書かれてた物語ではなく、読むことで湧き上がってくる私たち自身の心の声だということだ。でなければ、本書の白眉ある「彼女」の物語は読めないはず!そして、何よりこの本が素晴らしいのは、著者の悲しみだけで読書が終わらないこと!私たちの人生と同じように、苦しい上り坂を歩いたその先の風景が目の前に広がっている。

 

私たちは生きている限り必ず誰かを喪う。かけがえのない人を、愛する人を、家族を、友人を亡くす。

誰しも読みたい本が全て読める訳でもなく、為すべきことを全てした上で、この世を去ることができるわけではない。私たちは必ず死ぬ。でも、その先で全てが消え去るわけではない。

愛読書が、最後のページを読み終えた後も、いつまでも読者の心に残り続けていくように、深い悲しみは人の心に残る。書き留められた言葉が、あたかも記念碑のように私たちの目の前に聳え立っている。

 

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