2019年10月19日
呪文の力
ブログ

燈火親しむ秋。今回オススメする本は、
『こころの処方箋』 河合隼雄 (新潮文庫)
著者は、本邦にいち早くユング派心理学を紹介し、普及・啓蒙に努めてきた斯界の第一人者。
京都大学教授として教育と研究に携わる傍ら、カウンセラーとして多くの臨床の場を踏み、クライアントの救済に心を砕いてきた者が紡ぎ出す文章は、人間洞察に富み、味わい深いものである。
本当の名著というものは、この『こころの処方箋』のようなたたずまいをしているのではないか。
いかにも高尚な本でございというような顔をしていない。汗臭くない。サラッとした清涼感に溢れている。
各章4ページほどの短文が55本、ズラリと並ぶ。どれをとっても、まことに平易に読める。
しかしもちろん、内容が空疎であるが故に、平易に読める訳ではない。
著者はかつてある本の中で、「私の書くものは高校生程度の学力があれば全て読めるはず」と記し、「もっとも学力だけでは読みにくいものも大分あるが」と書き加えている。この書き加えた部分が、実は肝どころ!河合隼雄の本を熟読玩味するには、ある程度の人生経験が必要で、まさしく「学力だけでは読みにくい」のである。
試みに「ふたつ良いことさてないものよ」の章を読んでいただきたい。
世の中はうまくできていて、良いことが一つあれば、それが悪いことを呼ぶ。逆に悪いことがあっても、それが良いことのタネになる。それさえ分かっていれば、人生も少しはしのぎやすくなると著者は説く。
もっとも「ふたつ良いことも、結構あるときはあるものだ。」と書いているところに、この著者独自のバランス感覚がある。
この妙味が味わえるには、「学力だけでは」ダメで、人生において辛酸を舐めたとは言わぬまでも、多かれ少なかれパンチを食らった経験がなければ、そこに何が書かれているかもわからないだろう。
この「ふたつ良いことさてないものよ」という文句は河合隼雄の読者の間では有名なもので、あとがきで著者自身も『これが好きで、よく「呪文」のように唱えている。この呪文を唱えていると、納得がいったり、楽しくなったり、心が収まる』と書く。続けて『格言とか箴言(しんげん)とかいうものではないが、読者が「呪文」として愛好して下さる言葉を、このなかからひとつでも見出していただけると、まことに幸いと思っている』と説く。
ちなみに当院が臨床の場で愛唱している呪文は、「うそは常備薬 真実は劇薬」というもの。
患者様に用いる言葉や表現が、治療成果に雲泥の差を生じさせることを経験として知っているからである。
これからも根本改善に導く一つ手段として、「うそ」と「真実」という薬を使い分けていきたいと思っている。
NEW ARTICLE
ARCHIVE
- 2022年12月
- 2022年11月
- 2022年10月
- 2022年9月
- 2022年8月
- 2022年7月
- 2022年6月
- 2022年5月
- 2022年4月
- 2022年3月
- 2022年2月
- 2022年1月
- 2021年12月
- 2021年11月
- 2021年10月
- 2021年9月
- 2021年8月
- 2021年7月
- 2021年6月
- 2021年5月
- 2021年4月
- 2021年3月
- 2021年2月
- 2021年1月
- 2020年12月
- 2020年11月
- 2020年10月
- 2020年9月
- 2020年8月
- 2020年7月
- 2020年6月
- 2020年5月
- 2020年4月
- 2020年3月
- 2020年2月
- 2020年1月
- 2019年12月
- 2019年11月
- 2019年10月
- 2019年9月
- 2019年8月
- 2019年4月